

「80歳で自分の歯を20本以上保とう」をスローガンに、日本歯科医師会と厚生労働省(旧厚生省)が共同して1989(平成元)年にスタートした国民運動「8020運動」は、今年で20年を迎える。盛岡市の菊池加志穂さん(81)は、運動の達成者で、永久歯28本すべてが自分の歯。健康な毎日を送る。菊池さんと県歯科医師会の箱崎守男会長に、歯の健康づくりや注意点、本県における「8020運動」の軌跡や今後の新たな展開について聞いた。(聞き手は達下雅一岩手日報社論説委員長)

菊池加志穂(きくち・かしほ)さん】 県老人クラブ連合会監事・盛岡市老人クラブ連合会副会長。現在歯数28歯。北上市出身、81歳。
箱崎守男(はこざき・もりお)さん 岩手医大歯学部卒。1975年盛岡市城西町に城西歯科クリニック開設。97年から県歯科医師会会長。04年日本歯科医師会副会長。花巻市(旧石鳥谷町)出身、63歳。

―高齢化社会の現在、健康で長生きすることは極めて重要な課題です。きょうは、高齢者と歯科保健の関係について考えたいと思います。最初に、「8020運動」が始まったころの様子や、県歯科医師会で取り組んだ「8020コンクール」について、箱崎会長にお聞きします。
達成者20年で3倍
箱崎 当時、数値目標を掲げたことは、奇異に受け取られたようでした。神奈川県厚木で歯科医師によるワークショップが開かれ、どうしたら効率的な運動を展開できるか検討が始まりました。自分の歯で食べることで、元気に生活できるのです。そこから「8020運動」が始まりました。20年前、岩手では予防より、むし歯の治療が最優先でした。予防意識は高くなかったのです。さまざまな啓発活動が浸透してむし歯が減るにつれ、予防意識も高まりました。 「8020運動」の象徴として1991(平成3)年に始めた本会の「8020コンクール」も年々応募者が増加し、昨年は1045人の応募がありました。最高齢は102歳の男性です。夫婦そろっての応募も16組ありました。智歯(親知らず)を含めたすべての永久歯32本をお持ちの方も8人いました。
―どんな運動でも目標になる方がいることは大切です。菊池さんは81歳で、永久歯28本すべてが自分の歯で、「8020」の上を行く「8128」ですね。県老人クラブ連合会の監事、盛岡市老人クラブ連合会の副会長を務め、元気に活躍されています。歯の健康のために、普段心がけていることはありますか。
菊池 特にないんですよ。歯にはあまり関心を払ってきませんでした。しかし、20年ほど前に、歯科医院で治療してもらったことがあって、その時に「8020運動」について聞いた記憶があります。以来、3度の食事の後は必ず歯磨きをしています。それは、歯科医の先生の指導があったからです。80歳で10本程度しか歯が残っていないということを聞くと(=表)、いまさらながら先生には感謝しています。
噛むことで脳活性
箱崎 歯周病に気をつけて、プラーク(歯垢(しこう))をとり、噛(か)み合わせのバランスさえ崩れなければ、一生自分の歯で食べられますよ。80歳で20本以上の歯を持つ方の割合は約20%ですが、この20年の間におよそ3倍に増えています。これも関係機関が協力して推し進めてきた「8020運動」の成果だと思っています。
―歯の健康と長寿には関係があるのでしょうか。
箱崎 良く噛むことは消化吸収を助けることから、内臓疾患やメタボリックシンドロームを防ぎ長寿につながります。また、噛むことが大脳を活性化させ認知症の予防にもなります。歯が残っている人と、ない人では健康の度合いが違います。これには継続調査した、しっかりしたデータがあります。県歯科医師会などは、10年ほど前に80歳の人を調査しました。5年後とさらに昨年、同じ人たちを追跡調査しました。つまり90歳になった人たちです。階段の上り下り、リズミカルな歩行などの運動能力や行動の積極性といった健康度に明らかに差があります。即ちQOL(クオリティオブライフ=生活の質)が高いのです。

―菊池さんは、同年代の人たちに比べてもお元気ですよね。運動などはなさっているのですか。
菊池 月に何度か、プールに通って水泳をしています。クロールも平泳ぎもやります。体力に合わせて楽しくやっています。グラウンドゴルフも、週に4回プレーしています。ダーツもやっています。点数計算で頭をつかうので、認知症予防になります。老人クラブでの体力測定では、35歳と診断されました。
―食生活で気をつけていることはありますか。
菊池 何でもおいしくいただく、あとは腹八分目ということですかね。肉はあまり食べず、魚を食べるようにしています。
グラウンドゴルフを楽しむ菊池加志穂さん
かかりつけ活用を
―どうすれば歯の健康を保てるのでしょうか。
箱崎 歯の二大疾患はむし歯(う蝕)と歯周病です。悪くなったら早めに治療することが大切ですが、いかに予防するか、また、治療後のケアも考えなければなりません。8020達成には妊娠時、乳幼児期、学童期、青年期、壮年期、老年期と各ライフステージに応じた日常の取り組みが大切です。第一段階は子供のころからむし歯にならないようにすることです。生活習慣やしつけが大切になります。成人以降になると歯周病という大敵がでてきます。歯周病をいかに防ぐかがポイントとなります。 歯周病は細菌による感染症です。歯と歯茎の間にたまった歯垢の中の細菌が毒素を出して歯肉に炎症を起こしたり(歯肉炎)、歯を支える骨を溶かしたり(歯周炎)します。初期のころは自覚症状が乏しいため歯茎が腫れるなど気づいたときには重度に進行していることも少なくありません。進行すると歯が抜けてしまいます。細菌をゼロにすることはできません。歯の汚れをとることが最善の予防策です。一度溶けた骨は元に戻りませんから、歯周病にならないようにしなければなりません。早期治療と予防のためにも、かかりつけ歯科医で定期健診を受けてほしいと思います。「転ばぬ先のつえ」ですね。自分の健康は自分で守る気持ちが大切です。また、糖尿病や誤嚥(ごえん)性肺炎などの全身疾患との因果関係も明らかになってきました。歯周病は怖い病気だと認識してほしいですね。
菊池 私も月に1度、かかりつけの歯医者さんで、歯のクリーニングをしてもらっています。

―歯の健康と医療費には、相関関係があるそうですね。歯が健康な人ほど、医療費もかからないそうですが。
箱崎 歯が多くある人ほど医療費がかからない。また補綴(ほてつ)治療が不要の人ほど医療費がかからないことが知られています=グラフ。介護の場合も、義歯を入れて噛めるようにすることで、食事が口から取れるようになり、栄養状態が改善。寝たきりの人が歩けるようになった―という例もあります。もし、少ししか歯が残っていなくてもあきらめることはありません。歯科医療の技術は年々向上していますから、いろいろな治療、対応ができます。自分の口で噛める、食べられるようになることで、健康度はあがります。義歯の満足度が高い方はQOLも高いことが分かっています。歯茎や骨はやせてきます。義歯もまた、定期的なチェックが大切です。口の中の治療もリハビリテーションが必要なのです。最後まできちんと治療する、途中でやめないことが大切です。 寝たきりなどで、訪問診療が必要な人もいるでしょう。県歯科医師会では、新しい会館「8020プラザ」が一昨年2月に開館したのを機に、要介護者在宅歯科診療提供のための歯科医師の研修を始めました。県内全13支部から担当者を派遣してもらい、在宅診療のできる人材育成を進めています。研修を受けていなくても、一定の経験を積んだ歯科医なら、在宅診療に対応できます。通常の健康保険で利用できます。介護の必要な人には、口腔ケアや義歯の手入れの指導も行います。各地区の歯科医師会や市町村の相談窓口に気軽に相談してください。 ―盛岡市下ノ橋から盛岡駅西口に移転新築した新会館を「8020プラザ」と名づけたのは、どのような考えからなのでしょうか。
学習の場広く開放
箱崎 事務所機能の充実だけでなく、歯科保健医療福祉のあらゆる情報発信基地としての機能を備えた会館を目指して命名しました。広く県民に学習の場を開放する「図書・パソコンコーナー」もあります。どんどん利用してほしいですね。
―その他、社会貢献的事業もあるようですね。
箱崎 県警の依頼を受けて、身元不明死体の確認捜査協力をしています。判明率は9割以上です。あわせて大規模災害などを想定した、身元確認合同研修会も開催しています。また、児童虐待防止への取り組みも行っています。
―最後に、菊池さんには県民の1人として県歯科医師会に望むこと、箱崎会長には今後の抱負をうかがいます。
菊池 予防が大切ということですが、私も痛感します。老人クラブの集まりなどで、歯の健康などについていろいろ話をしてほしいと思います。
箱崎 6月4日の歯の衛生週間から30日までさまざまな集まりにこちらから出向き、総合的な「健口(けんこう)チェック」を実施予定です。その期間以外でも、講師派遣などの依頼があれば、対応していきたいと思います。今後の県歯科医師会の活動ですが、在宅診療に積極的に取り組んでいきます。要望も多いし、社会的使命だと思っています。また、介護に歯科医が関わることで、症状の改善につながるはずです。 また歯周病の早期発見のためにも唾液(だえき)検査を普及させていきたいですね。唾液中の酵素を調べ、歯周病に対するリスクを調べます。その結果次第で歯科医を受診すればいいのです。昨年は約5千人に実施しました。県予防医学協会と連携し事業所などにもPRしていこうと思っています。

皆さん歯の健康を保ち元気にお過ごしです
玉井喜代治さん(盛岡市) 102歳27本
4年連続でコンクール最高齢者。晩酌が何よりの楽しみ。何でも食べられますが、特に堅い食べ物が大好きです。
澤口涓三さん(釜石市) 92歳32本
永久歯32本が残っている方の中で最高齢者。歩いて歯のチェックに通院。体も大切にしています。
谷藤金治・ヤエさん(盛岡市)88歳28本・81歳27本
かかりつけ歯科医院で月1回の定期ケアを欠かしません。お二人仲良く、家庭菜園づくりが日課です。
小原長一郎・キサ子さん(奥州市)87歳25本・82歳30本
お風呂に入りながら時間をかけて歯磨きをしています。奥さんがご主人に歯磨きのアドバイスをします。
菅久太郎・幸子さん(遠野市)83歳26本・82歳26本
毎月きっちりと歯のお手入れに通う元気なご夫婦。渓流釣り、山菜採り、家庭菜園など大忙しの毎日です。
|